スキーにおける「支点」という言葉の使い方について

2018年12月4日アイディア書き溜め

日本のスキーヤー(スキー指導者を含む)は支点という言葉を使うのが好きなように感じる。

例えば、「腰を支点にスキーを角付けする」とか「胸を支点に傾く」とか。

しかし個人的には、この支点という言葉は使わない方がいいと思う。特に理系の人にスキーを教えるときには。

支点という言葉の定義を引くと次のように出てくる。

構造力学において支点(してん、英語: support)とは、構造物と地盤あるいは構造物と構造物を結合し、構造物を静止させ安定させる支持点のこと。単に支持(しじ)ともいう。wikipedia日本語版「支点」より

スキーヤーの「腰」や「胸」は、果たして「構造物を静止させ安定させる支持点」かどうか。

もっとわかりやすく言うと、支点というのは原則的にそれ自体が動いてはまずいものなのだ※1なお、ここで言う「動く」とは、座標系の中での位置が変化することを言うのであって、ヒンジ状の回転運動を行うことは「動く」の内に含めない。また可動支点のように一定範囲内で移動することを許容する支点もある。

スキーヤーの腰や胸は、回転座標系の中から見た場合(=スキーヤーを、同じトレースで後ろから追いかけている人から見た場合)であっても、ターン中にダイナミックに動く。左右にも動くし、上下にも、前後にも動く。そういう「点」は通常「支点」とは言わない。

Wikipediaの支点のページにはこの説明に続いて、様々な支点の分類が図示されているが、その中の「中間ヒンジ」が、スキーヤーの腰や胸に該当する。中間ヒンジは支点のページに掲載されてはいるが、「中間ヒンジは支点ではない」と同ページの説明に明記されている。構造力学をかじった人、そうでなくとも、理系で、中学や高校の物理(力学)を部分的にでもきっちり覚えている人は、「支点」と聞くと「動かない点」ということを連想する。そういう人に「腰/胸を支点にして」と指導したら、指導者の意図とは異なる運動をしようとしてしまう可能性が高いと思う。私は理系ではないが個人的に土木工学に興味があって支点という言葉に「動かない」という概念を結びつけて考えていたので、スキー業界における「支点」という言葉を長らく「誤解」していた。

ではスキーヤーの本当の「支点」とはどこなのか。

いわゆるフルカービングターンの力学モデルで考えるなら、それは、スキー板の、立てている側のエッジ(通常はターン内側のエッジ)のビンディングである。

ここが、スキー・スキーヤー系という構造物を、雪面という「地盤」に対して支持する点だ。この点は、(回転座標系の中で見る限り)動かない。スキーヤーはここを支点として、身体各部位の接続角度を、足首・膝・股関節・腰椎関節・上体の各筋群といった中間ヒンジの曲げ角度を制御することにより、滑走フォームを形作っている。

ちなみに、日常になじみの深いてこの原理で「支点」とセットで覚えられている「力点」と「作用点」をスキー・スキーヤー系に擬定するならどこになるだろうか。あまりその行為に意味があるとは思えないが、力点は身体重心、作用点は、スキーの浮いている側(ターン外側)のエッジ、およびトップとテールということになるだろう。ただし、雪面側からも力のインプットはあるので、逆に力点をスキーの各接雪点、作用点を人体の各部位として捉えることも可能だ。このように真逆の解釈が成り立つのが、力点と作用点をどこか考えることに「あまり意味がない」と思う理由だ。

話を戻そう。「支点」という言葉を正しく解釈している被指導者に、スキー業界で一般に通用しているような、「曲げる場所」という程度の意味で「支点」という言葉を使って指導をしてしまうと、混乱が生じる可能性が高い。具体的には、例えば「胸を支点に傾く」という言葉は、スキー業界ではスキー板を中心に胸を左右に大きく動かすという意味で発せられるが、これを「胸は動かさないんだな」と「正しく」捉えることによって、スキー板の方を左右に振るような動きとして解釈されてしまう。

ここまで致命的なすれ違いには至らないにしても、どうしても「支点=動かさない」という先入観(本来の語義からすれば正しいのだが)に囚われ、本来行うべきダイナミックな位置の変化(ターン内側&下側)が行えず、指導者の意図が十全に体現できないということは十分に考えられる(私の場合そうだった)。

このようなすれ違いの原因になりえるので、スキー指導において「支点」という言葉は安易に使わない方がよいと考える次第である。

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1. なお、ここで言う「動く」とは、座標系の中での位置が変化することを言うのであって、ヒンジ状の回転運動を行うことは「動く」の内に含めない。また可動支点のように一定範囲内で移動することを許容する支点もある。

2018年12月4日アイディア書き溜め